子ども

全員保育プログラムと、子どもの認知以外のスキルの発達

(2015年10月1日)


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(一昨日、ネットで記事を読んで、今日、論文を読んで書いているという「第一報」ですので、翻訳がこなれていない部分があります。ご了承ください。私の個人的な意見は、最後に書きました。)


●全員保育プログラムの影響を調べる

 全員保育(universal daycare)プログラムが子どもにどのような影響を与えるか。大きな社会実験(*)のひとつの結果がカナダから報告されました。1997年以来、州全体の子どもが保育を受けられるようにしたケベック州では、同じシステムがない他の州、準州の子どもに比べ、認知以外(**)の能力が低く、一方、学習テストの点数には違いがないことがわかりました。また、ケベックのシステムで育った子どもたちは、他の地域の子どもに比べ、10代以降、主観的な健康状態も低く、生活に対する満足度も低く、犯罪率も高かった(特に男子)のです。

* 「社会実験」とは、わざわざ実験をするために行ったわけではないけれども、結果的に実験的な設定になり、今回のように、いろいろな分析に役立つ結果が得られたできごとを指します。
** 認知以外のスキル(non-cognitive skills)とは、記憶・知識・情報関連以外のスキルで、感情、柔軟性、粘り強さ、対人コミュニケーションといったものです。一方、認知スキル(cognitive skills)とは、いわゆる記憶・知識・情報関連のスキルで、通常のテスト等で測ることができるものです。長年の研究から、人間の長期的な幸福や成功のためには、認知以外のスキルが重要である点が明らかになっています。


●ケベック州の全員保育プログラム

 ケベック州の保育システムについては、ここに解説があります(日本語)。以下の内容は、2015年9月に出たこちらの論文と、Vox誌の9月24日の記事(いずれも英語)をもとにしています。

 Voxの記事によると、そもそもこのプログラムが始まった背景は、カナダの中のフランス語圏であるケベック州が、自分たちの文化を継承していくためにも州の人口増加が不可欠であると考え、同時に、女性の社会進出による経済発展が重要だと考えたためだそうです。全員保育プログラムは、産休・育休システムの拡充といった他の家族政策の一環として導入されました。Voxの記事によると、女性の社会進出は増加、州の経済指標も向上したそうです。

 では、子どもたちは…?


●15年間で保育人数が3倍に

 ケベック州の全員保育プログラムは、1997年に始まっています。対象は0~4歳の子ども全員、費用は当初が1日あたり5カナダ・ドル(家計によってはもっと低い)、2004年には7ドル、2014年には7.3ドルです。このプログラムが始まった結果、保育人数(預かることのできる数)は、7万8864人(1997年)から24万5107人(2012年)に増加。このプログラムを維持するために州が拠出した補助金は、プログラムが始まる前の年間2億8800万ドル(1996/97)から22億ドル(2011/12)に増加しました。

 論文に書かれていますが、州政府はこのプログラムを始めるにあたって、保育の提供側のシステムも変えているようです。保育提供者の公的資格のレベルを上げ、賃金制度も変えて、提供者の就業を促進しました。保育提供者は組合をつくり、就業・賃金条件を向上させたということです。ただ、論文執筆者は、この変化が実際の保育の質にどのように影響したかを特定して分析することはできなかったと書いています。これと同じ時に、保育料の大幅減額も起きていますから、それぞれの要因が保育の質に及ぼした(かもしれない)影響は分けられなかったということです。


●分析対象とデータ

 この分析は、1999/2000年以降、ケベック州の保育施設に入所した子どもたちを追跡対象としました。もっとも長い最初の集団が15歳まで(2014年)追跡されたことになります。ちなみに、この分析では、二人親家庭、一人親家庭両方のデータが含まれ、保護者の数も要因として分析に含まれています。

 比較対象として使用されたのは、カナダが2年に1度、全国規模で実施している「子どもと若者の長期調査(NLSCY)」のデータです。1994-1995年、2008-2009年の0~11歳の子ども、各年齢約2000人分が使われました。このデータとケベック州のデータを比べたわけです。

 使われたデータの内容は、まず、保育施設(または類似するサービス)を使っているかどうか(ケベック州以外の住民)。そして、保護者の報告をもとにした子どもの認知以外の点数。ここには、2~3歳が多動、不安、分離不安、攻撃性、5~9歳が多動、不安、攻撃性、直接には出てこない攻撃性(裏で攻撃するなど)、一方で肯定的な行動として他人や社会のためにする行動、さらに学校教師との関係が含まれています。そして、認知スキルのひとつとして語彙テストの結果も含まれました。

 認知スキルは、全国レベルのテスト結果があるため、それを使用。健康レベルについては、全国規模で実施されている2つの健康サーベイ結果を使用。犯罪のデータも国の報告システムの結果を使っています。


●分析結果

(1) 認知以外のスキルに対する影響

 全員保育が行われているケベック州と、カナダの他の地域を比べると、認知以外のスキルに差が現れました。ケベック州の0~4歳では、不安と攻撃性で統計学的に有意に高い数値が得られたのです(不安と攻撃性が高い)。

 卒園後の5~9歳でみると、多動、不安、攻撃性、直接には出てこない攻撃性すべてにおいて、ケベック州の子どもの値が高く、乳幼児期よりも他州との差が顕著になっています。そして、保護者の報告に基づく学校教師との関係は、ケベック州のほうが低いという結果でした。

 ちなみに、5~9歳の多動と攻撃性については、特に男子で違いが大きい(ケベック州の男子が高い値)という結果でした。一方、他人や社会のための行動が、ケベック州の5~9歳女子では他州に比べて有意に低いという結果が得られました。

(2) 10代になってからの認知能力(学力)

 こちらは、ケベック州と他州でほぼ違いがありませんでした。全員保育を受けていた子どもたちが、後に高い学力を示すということはなかったのです。

(3) 主観的な健康レベルと、生活に対する満足度

 ケベック州の全員保育プログラムで育った子どもたちが10代になった時の、主観的な健康レベルと、生活に対する満足度は、他州で育った子どもたちに比べ、統計学的に有意に低いという結果が得られました。

(4) 犯罪率

 認知以外のスキル(感情、柔軟性、粘り強さ、対人コミュニケーション等)が低いことで、長期的に犯罪率の上昇につながるということは、この研究以前からよく知られているところです。この研究の(1)の結果をもとにすれば、犯罪率に対する影響も推測が容易ですが、結果は明らかに「ケベック州の全員保育プログラムの中で育った子どもたちのほうが、他州の子どもに比べて犯罪が統計学的に有意に多い」という結果でした。この分析では、対人犯罪、対物犯罪(盗み、破壊など)、薬物、その他の犯罪を分けていますが、すべてにおいて、ケベック州のほうが高いという結果でした。

 特に犯罪は、男子で有意に多いという結果でした。これは(1)の結果を考えれば、容易に類推できるものだと論文著者は書いています。


●私の個人的な意見

 著者の一人であるJonathan Gruber(米国MIT教授)が、米国の新健康保険制度を批判している側(と簡単に言える話では、実はないのですが…ここは省略)であることを考えれば、ケベックの全員保育プログラムに対して、一種批判的な枠組みをもった上でこの研究を進めてきたことは理解できます。

 とはいえ、データはデータ。現実の反映です。無視できない側面ももちろんあります。Voxの記事が指摘している点ですが、それは、1997年のスタートから15年で保育人数を3倍に増やしたことの弊害です。また、従来の保育施設以外の、特に家庭で少人数を預かる保育施設が急増し、その質は必ずしも担保されていないという部分です。(この間、ケベック州と他の州で子どもの育ちに関わる大きな変化はこのプログラムの導入以外、ありませんから、ケベック州と他州の間に出た違いに理由があるとすれば、このプログラム以外には考えるのが難しいことになります。)

 これは、今の日本が看過できない点ではないでしょうか。念のため書いておきますが、私は新刊にも一部書いた通り、以下のように考えています。

1)子どもの社会性発達のためには、乳児から保育施設に全員行くべき(たとえば、保護者と2人きりで0~3歳の大部分の時期を過ごすことは、認知・非認知両方のスキルの発達にとって決して良いことではない。米国が貧困層の乳幼児向けに続けてきたHead Startプログラムの成果から明らかになっているように、活動がある程度しっかり構成された集団環境で乳幼児が過ごすことは、きわめて重要)。

2)ただし、子どもの感情や認知以外のスキルの発達に考慮すると、1日約12時間またはそれ以上、(基準は満たしていても)人手不足の保育施設で子どもが過ごすことには問題があると考えられる(それはこちらの連載)。そもそも、保護者に対するアタッチメントの形成自体、困難になる可能性がある。

 現場の皆さんと関わらせていただいていると、「保育(士)の質の低下」がほんのここ数年でも、文字通りおそろしい速さで進んでいることを感じます。国、自治体は保育施設を増やせばいいと考えて、ハコだけは増やす。でも、人はいない。「責任の重さ、保護者対応の大変さ、待遇の低さを考えたら、働きたくない」「働いてもいいけれども、正規職員はいや」という声が現実、聞こえています。

 一方、「命を預かる仕事」である保育士にとって不可欠な人間スキルを持たない人が、卒業し、就職している(これは、高校の進学指導の問題、養成校の問題です)。その人たちを批判しているわけではありません。職業にはそれぞれ適性があり、他のおとなと協働して子どもをみるという専門職にとって必要なスキル・セットがあるのです。そのスキル・セットを持たないと明らかにわかる人が資格をとり、現場に出ているのが今の日本の現状です。

 そして、本来、保育の質が高かった(であろう)施設も、この影響を大きく受けています。ですからいまや、公立なら良い、認可なら良い、ではないのです。保育施設はおとなの集団ですから、1人、2人の職員の影響が施設全体に及んでしまうことがあります。人手不足の結果、採用する保育士(新卒、中途、正規、非正規、いずれであっても)の質も下がる、保育に悪影響が出る、その悪影響を除こうするだけで周囲がエネルギーを使わざるをえない。保育を伝えたい、でも、伝える時間がない、伝わらない。結果的に、保育の質が全体として下がる。施設長の質も、ここに大きく関わっています。

 ケベック州の結果は、日本でこれから起こる、もしかしたらすでに起きているのかもしれない状況を示しているように私には思えます。日本には、カナダや米国のような大規模長期調査システムがありませんから、日本で同じ研究をすることは(現時点では)不可能です。しなくていい、ということではありません。日本ももっと大規模長期(社会)疫学調査をしていかなければ、いつまでもデータのない状態で進んでいくことになります。

 そして、なによりも「保育の質」の向上と、具体的な待遇改善です。保育は将来の世代を作る基本の部分ですから、とてつもなく重要です。新刊にもしつこく書きましたが、保育は、養成校(課程)を卒業したら、4月1日からプロとして働けるタイプの仕事ではありません(就職したその日からプロとして働ける仕事自体、そうそうありませんが)。職人的な現場の学びが不可欠です。なにより、4月1日から子どもの命を預かるのです(私からみると、今の状況、今の配置基準では、はっきり言ってこれは無茶です)。その部分を国、自治体、運営者が考えて取り組んでいかなければ、子どもの命は守れませんし、ケベック州のデータに現れるようなことにもなりかねないのです。

 では、保護者は保育施設を使わないほうがいいのか。そんなことはありません。繰り返しになりますが、乳児から集団の中で育つ時間を持つべきです。そうすることで、保育のプロ(真の意味のプロ)から子どもも、保護者も学んでいけるはずです。でも、それは「1日12時間」ではない。では、どうするか。これは、完全に硬直化している今の日本社会の働き方とキャリア形成を、国、企業、自治体がどうするか、です。

 新刊にも書きました。子どもは、社会が育てるものです。10年後、20年後、子どもたちに現れてくる課題を、その時になってかつての保護者のせい、保育者のせいにして終わらせることはできません。結局、30年後、40年後の日本を背負うのは、今の子どもたちだから、です。私には子どもがいませんし、個人的には子どもがほしいと思ったこともありませんが、今、子育てを社会として、社会の一員の個人として、本当に本当にまじめに考えて、今すぐにでも変えられる所から具体的に変えていかなければいけない。この論文とニュースを読んで、つくづくそう思いました。




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