子ども

心理学、脳科学等の研究結果から考える日本の子育て、そして保育 (1)

★「3千万語の格差」研究から見える、日本の子どもたちの課題(2015年7月13日)★


※このページに掲載している内容は、すべてあくまでも情報発信です。
ご意見やご質問はメールではなく、ブログにコメントしてください。


「3千万語の格差」研究

 1980年代、米国カンザス大学の2人の発達心理/教育学者(Betty HartとTodd R. Risley)が、ある研究を始めました。2003年、その結果をまとめた論文 ”The Early Catastrophe: The 30 Million Word Gap by Age 3” (直訳『初期の大惨事:3歳までの3千万語の格差』が発表され、大きな注目を浴びました。以降、この研究をもとにした多数の研究が進められてきました。そして、これらの研究をもとにした「効果のある」子育てプログラムとその実効性検証も米国を中心に進められてきたのです。

 この項の説明は、こちらのサイトの情報および元の論文をもとにしています。「貧富の差」という言葉を見て「日本には関係ない」と思わないで、まずは読み進めてみてください。日本の現状にも大きく関わる内容です。

 HartとRisleyがこの研究を始めた理由は、米国の貧困層と富裕層の高校生にみられる語彙(ボキャブラリー)の大きな差の原因を知ることでした。高校で行う介入プログラムがうまくいかない現実に直面して、その原因は家庭、それも乳幼児の時にさかのぼるのではないか、という仮説を2人は立てたのです。

 最終的に、42家庭から集められたデータが分析に使われました(専門職高所得13家庭、ワーキング・クラス中所得10家庭、ワーキング・クラス低所得13家庭、生活保護6家庭。性別と人種はそれぞれのグループの中で均等になるよう配分。11人が第1子、18人が第2子、残りの13人が第3子またはそれ以降の子ども)。子どもが生後7~9か月の時に観察実験が始められ、子どもが3歳になるまで続きました。観察実験が始まる前に保護者は語彙のテストを受けましたが、テストの点数は、専門職高所得層、ワーキング・クラス層、生活保護層の間で(統計学的に有意に)異なり、個人の教育年数とも相関しました。

 研究グループは毎月、それぞれの家庭へおもむき、保護者と子どもの日常の会話/対話(インタラクション、interaction)を1時間にわたって録音、記録された保護者の言葉の数と子どもの言葉の数をすべて数え上げました。ゼロ歳でも会話/対話(相互の発語と応答)は成り立ちますから、その数をすべて数えたのです。たとえば、

 子ども「う~」(車のおもちゃを持って)  
 保護者「そう、車だね、青い車だ。走らせてごらん」
 子ども「う~、あ~」
 保護者「車、青いんだよ。あ、早いね~」

 日本語の場合にはどうやって語彙を数えるのか、私にはわかりませんが、たとえばこのような対話を録音して語彙を数えていくわけです。

 計1318回の観察・録音、計6年にわたる研究から得られた結果は、仮説を立てたHartとRisleyさえ想像しなかったものでした。

子どもが発した語彙の86~98%は、その保護者も発したものだった。

生後33~36か月の段階で、子どもはその保護者と同じ程度、多様な言葉を発していた。けれども、どれくらい多様な語彙を使うかは、グループ間でまったく異なった(1時間に発せられた語彙数の平均〔同じ語彙は除いた後の数〕:専門職層の保護者382語、専門職層の子ども297語。ワーキング・クラスの保護者251、子ども216.生活保護層の保護者167、子ども149)。

会話の発語の長さ(例:単語だけか、節や文章か)も、保護者と同程度。話し方も保護者に類似。

子どもが保護者から耳にする言葉の数は、グループによって非常に大きく異なった。生活保護層の子どもは1時間あたり616語を耳にしていたのに対し、ワーキング・クラス層の子どもは1時間あたり1251語、専門職高所得層の子どもは2153語だった。

 すなわち、この実験に参加した高所得層の子どもたちと低所得層の子どもたちを比べると、生後最初の4年間だけで、3千万語もの「言葉のシャワー」の差があるということになります。この課題は「3千万語の格差(The 30 million word gap)」と呼ばれるようになりました。

 語彙以外にも違いがありました。

専門職高所得層の子どもたちでは、保護者からなされる肯定的な言葉かけと否定的な言葉かけ(禁止や命令等も含む)の比率が6対1だったのに対し、ワーキング・クラス層ではこの比率が2対1だった。生活保護層では、比率自体が逆転して、否定的な言葉かけ2に対して肯定的な言葉かけが1だった。

 HartとRisleyは、この42家庭のうち29家庭について、子どもが9~10歳になった時にもう一度、子どもの語彙、言語発達、読解力等を調べました。すると、9~10歳の時点の言語スキルは、3歳までの観察の結果と強く相関していることがわかりました。乳児期の保護者との会話/対話の語彙数や内容が、後に大きく影響しているのです(*)。

*これは、同じ集団を追跡調査している研究なので、統計学的相関関係から因果関係を類推することが可能です。一般には、「相関関係イコール因果関係」ではありません)。


日本の子育て、保育に置きかえると…

 語彙の話は、知性や学力どころではなく、もっともっと重要なところにつながっていきますが、その研究の話をする前に、なぜ私がこうした研究を紹介しようと思ったかを書きます。

 米国の場合、貧富の差が、保護者と子どもと過ごす時間の長さと質に影響します。貧しければ、いくつもの仕事をかけもちし、車がなければ(便が悪く頼りにならない)公共交通機関を使わなければならず、帰ってきたら子どもの世話をする間もなく、家事をする必要に迫られます。当然、子どもはテレビを見ているか、子ども同士で遊んでいるか…。保護者も疲れ、いらだち、「何してるの!」「ダメ」「うるさい」「あっちへ行って」といった(同じ、否定的な)言葉が増えます。一方、高所得層は時間と生活に余裕があり、子どもと過ごすための時間をとることができます。上で紹介したような研究の結果を知っている可能性も高いでしょう。

 今の日本を考えてみてください。米国のような貧富の差はありませんが、子どもを保育園に預けている保護者の生活の忙しさと質は、(私から見ると)あたかも米国の貧困層のようです。保護者自身が経済的に豊かかどうかとは、まったく無関係に。夜の7時過ぎ、8時過ぎに保育園から帰宅した保護者とその子ども(たち)は、語彙豊かな会話/対話をしているでしょうか? それをしている時間と心の余裕が保護者にあるでしょうか? そもそも、そういった会話をする大切さを保護者は知っているでしょうか?

 「保育園に子どもを預けること」を否定しているわけではありません。高所得者層が多いと言われる地域を昼間歩いていると、ベビーカーを押している保護者(ほぼ全員が母親)をたくさん見ます。複数で歩いている「ママ友」も見ます。保護者同士は楽しそうに話をしていますが、子どもは…。ベビーカーに座って黙っています。一人でベビーカーを押している保護者でも、ひっきりなしに子どもに話しかけている人はめったに見ません。黙って押しているか、スマートフォンを見ながら歩いているか、です。保護者と子どもの会話/対話がなく、子どもたち(乳児)も他の子どもやおとなと関わることがない…。これはこれで、大きな問題です。

 かといって、保育園が保護者の代わりをできる、ということにはなりません。ここで重要なのは、HartとRisleyが測ったような、乳児期およびそれ以降の「1対1の会話/対話」です(グループを相手にした紙芝居や読み聞かせではありません。もちろん、紙芝居や読み聞かせに意味がない、と言っているわけでもありません)。これを、今の保育園の配置基準で行うことはほぼ不可能です。また、後ほどこの研究結果も紹介しますが、言語/語彙習得には「おとなから発せられた言葉に明確な文脈があること」も重要なようです。「今、ここでその言葉が発せられた意味」が子どもにわかりやすければわかりやすいほど、子どもは言葉を容易に習得していくのだそうです。今の大部分の保育園の環境は、こうした条件を満たしていないでしょう。とはいえ、今の保育園は、子どもが10時間も12時間も過ごす場所です。言語習得には、HartとRiskeyの研究が明らかにしたような、大きな影響を与えているはずです。

 私の意図を明確にしておきます。「ゼロ歳児からの1対1の会話/対話が、その後の発達にとって重要である」という、データに裏付けられた情報(この研究の後、同様の研究は多く行われ、類似の結果が得られています)を理解した上で、日本社会全体が次世代育成のために、何を、今すぐしなければいけないかを、考えなければ、ということです。保護者、保育園、幼稚園、そして、現時点では子育てや保育の大変さに対して「応分の負担」をしていない企業や自治体が、今すぐに、何を始めなければいけないか、です。ひとつの正解はないでしょうし、それぞれの人がそれぞれの立場で取り組むべきことですから、ここで議論をする必要も私は感じません。私の今の取り組みは、この大切な情報を伝えることだと思っています(もちろん、私なりの具体的な取り組みも始めてはいますが)。


語彙は知性や学力の話ではない

 語彙の多い少ないは、学力の話ではありません。子どもの(=将来のおとなの)感情/行動コントロールに直接つながるテーマです。

 「小さい子どもは、ひとり言または自分に向けた言葉を使うことで、自分の行動を変えたり、次の行動につなげたりする。(どんな状況でもこれは見られるが)特に子どもにとって難しい状況でよく用いられる」「しっかりした言語スキルを持っていない子どもは、言語スキルが高い子どもに比べると、自分の行動をうまくコントロールすることができず、結果として行動課題を生み出しやすい」、これは米国インディアナ大学の臨床小児心理学者Isaac Petersenの説明です。

 Petersenたちが行った実験(2014年7月に論文発表)では、120人の子どもを対象に、2歳6か月(18か月)、36か月、42か月のそれぞれの時点で、言語理解、会話語彙のほか、自己規制能力(self-regulation。自分で自分の感情や考え、行動をコントロールする、人間にとって重要な能力)を調べるテストもしました。また、保護者を対象に、子どもの行動課題に関するアセスメントも行いました。その結果、言語スキルが自己規制の発達と相関、さらに、自己規制能力が行動課題と相関したのです。

 これも、同じ集団の追跡調査ですので、「言語スキル→自己規制能力→行動課題」という因果関係で述べることができます。つまり、「行動課題があるから、言語スキルが伸びない」のではなく、「言語スキルが低いから、自己規制が難しく、行動課題が生まれる」なのです。Petersenたちの実験以前にも、ADHD等の行動課題と低い言語スキルの相関はたくさんの研究の中で指摘されてきたそうですが、行動課題と言語スキルのどちらが先なのか、その因果関係はわかっていませんでした。もちろん、この研究が決定打ではありませんが、言語スキルが先であることを示唆する重要な結果です。

 この実験等については、次の項でくわしく説明します。保育現場にいらっしゃる方の中には、今、「ああ、そうか」と思った方もいるでしょう。現場では今、「行動課題のある子どもが増えている」と言われます。そのひとつの理由が、ゼロ歳児からの対話/会話の少なさなのかもしれません。そして、これから書いていきますが、米国では「1対1の対話/会話を増やし、語彙の増加につなげる」ためのさまざまな介入プログラムが開発・施行され、効果評価も行われています。これは日本でも、今すぐにでもできることです。


(注)ここで私が使っている「保護者」という言葉を、自動的に「母親」と読み替えないでください。特に米国の場合、「保護者」は、シングル・ファザーはもちろんのこと、祖父母、養父母などきわめて多様です。「保護者=母親」は、日本文化の思い込みです。
 「3歳までの結果」と書いてありますが、その後の言葉の曝露が大事ではないという意味ではありません。あくまでも、最初の実験が3歳までを対象とした、というだけのことです。

(2へ続く)