子ども

心理学、脳科学等の研究結果から考える日本の子育て、そして保育 (4)

★語彙と読書と共感性(2015年9月21日)★


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●私にとって、なぜ「言葉の豊かさ」なのか

 またまた初めに少し…。これを書いておかないと落ち着かないので。そして、今回の話にも間接的につながっていくと思います。

 なぜ、深刻な傷害(事故/結果)の予防を専門にしている私が、語彙と感情コントロールの話に関心を持っているのか。それは、傷害(injury)のうちの「意図して起こされた傷害(intentional injury)」に関連しています。暴力、殺人、自殺、自傷…、これらは「意図せずに起きた傷害(unintentional injury)=事故による傷害」とは区別されますが、傷害という結果では同じです。WHO(世界保健機関)の活動の中でも、Violence and Injury Prevention(暴力と傷害の予防)としてくくられています。

 人間が怒りや悲しみ、つらさ、落ち込みといった感情の中にいる時、それを少しでも言葉にできたなら、少し楽になります。「他人に、なにもかも話せ」と言っているわけではありません。たとえば、私自身は人に自分のことを相談するのが好きではないので、そのぶん、一人でひたすらぶつぶつ言います。自分に向かって「ああだよね」「こうだよね」と話しかけ、「そうだね」「ほんとだね」「違うんじゃない、それ」と答えるのです。自分が話している内容をあたかも他人であるかのように聞き、あたかも他人であるかのように答えます。そうすると、「ああ、私、そんなに怒っているんだ」「それはつらいね」「八つ当たりしてるよ、自分」となんとなくわかってくるのです(この方法を皆さんにお勧めしているのではありません。「私はこうしている」と書いているだけです)。

 なんだかわからないモヤモヤ、つかみどころのないイライラ、からだが動かないような重さ…、こういったことを「こんな感じの気持ち」「胃のところがこういうふうにひきつってる感じ」「歯をくいしばっている感じ」…と少しずつでも言葉にしていくことができる。それは、怒りやつらさを少しでも客観的に眺めて、自分のいる現実をつかむ、そして、必要なら「どうしたらいいか」を考える、そのための方法を持っているということだと私は思います。怒りもつらさも不安も悩み悲しみも、「なんだかわからない!」と自分自身がのみこまれてしまっている時が一番大変なのではないでしょうか。言葉が口をついたとたん、「うわ、私、そんなふうに感じていたんだ!」と驚くことさえあります。

 私が思うに、言葉は、自分自身の感覚や感情とコミュニケーションをとる大事な方法です。聞いてくれる他人を介してであれ、(私のように)自分自身を介してであれ。その時、「これかな、いや、こんな感じじゃないな。こういう感じ? そうかな…、もうちょっと違うかな…」、そうやって探していく言葉が自分の中に多ければ多いほど、自分自身とコミュニケーションしやすいのではないか。なにもかも「むかついた」「キレた」「落ち込んだ」で終わらせていたら、自分の心に手が届きにくいのではないか。臨床心理学やカウンセリング心理学の研究文献をまだ調べていないので、これは私の主観的な仮説にすぎませんが…。


●研究結果1:「小説を多く読む人は、共感性が高い」

 語彙を増やすための介入・支援策の話へ行く前に、関連するもうひとつの話題を簡単に紹介します。それは、小説(フィクション)を読むことが他者への共感性(エンパシー、empathy)に及ぼす効果について。今回は、おとなを対象にした実験の結果です。

 2009年、カナダのRaymond A. Marらが発表した研究論文では、「小説(フィクション)を多く読む人は、共感性を測るタスクの点数が高い」という結果が示されています。特に、この研究では、個人の性格の中で共感性に関わる部分をテストで測り、その影響を結果から取り除いて分析しています。つまり、個人がもともと持っている共感性レベルの違いを加味しても、まだ「小説をよく読む人は、共感性タスクの点数が高い」という関係があったのです。

 研究参加者は、17歳~38歳の225人(うち175人が女性)。フィクション、ノンフィクションの著者の名前のリストを見て「知っている名前」をチェックすることで、その人がどちらのタイプの書籍をより多く読んでいるかという指標にしました。性格は、Big Five Inventory(性格の5大因子テスト。44項目から成る)で計測、共感性を測るタスクとしては、Mind in the Eyesテスト(目の周りを写した白黒写真を見て、写っている人の感情を推測するタスク)が用いられました(*)。

 結果、共感性に関わる性格因子の影響を差し引いても、小説(フィクション)をよく読む人は、共感性タスクの点数が高いということがわかりました。ただし、この研究では、「小説を読むことで共感性が高まる」のか、「共感性が高い人は、小説をよく読む」のかはわかりません。「小説を読む」という因子と「共感性が高い」という因子の間の因果関係は、こうした実験からは明らかにならないのです。

* 相手の目をじっと見ることをあまり好まない日本文化で、このテストが使えるのかどうか、わかりません。また、大部分の表情の解釈は文化によって違うので…。興味のある方は、このページで試してみてください。英語ですが、選択する感情は形容詞だけです。右下のnextを押して、次に進みます。目の写真にマウスを置くと、写真が大きくなり、感情を表す形容詞を押してnextを押すと、当たりかはずれかが表示されます。
 私には、目の写真だけで感情を推察することはできませんが、これは米国等では共感性のテストとして多用されており、あちらの方たちは感情を読み取れるようです。


●研究結果2:「文学作品を読むと、読後に共感性が高まる」

 2013年、『サイエンス』誌に掲載されたDavid C. KiddとEmanuele Castanoの研究では、5つの実験を行って、読書(それも文学作品)と共感性の因果関係を明らかにしました(この論文のPDFをダウンロードするには登録が必要です。研究結果に関するニュース・リリースはこちら)。この実験では、文学作品を読んだ実験参加者グループ、娯楽小説を読んだグループ、ノンフィクションを読んだ者グループ、何も読まないグループとでは、読後に人の感情や心の状態を読みとるスキルが違うかどうかを調べています。焦点は、「文学作品を読んだグループと娯楽小説を読んだグループ」の間の違いです。

 なぜ、文学作品と娯楽小説なのか。文学作品では、登場人物の性格や感情、感情の変化、登場人物同士の関係は明示されません。できごとの記述や会話、背景の文章から読者が読み取り、解釈していくことが求められます。一方、娯楽小説は登場人物の性格がはっきり記述されていて終始一貫、登場人物同士の関係も明確、読者は次々と起こるできごとを追いかけていくだけです。感情やその変化を解釈していく必要は、娯楽小説の場合、低いのです。そうすると、文学作品を読んで「感情を読み取るモード」になっている人は、読んだ直後にも他人の感情を読み取りやすいのではないか、これが研究の仮説です。

 ひとつのテーマのもとで5つの実験を実施した理由は、まず、最初の実験結果から明らかになったことを、次の実験で条件を少し変えて(読む本を変えたりテストを変えたりする)繰り返し実験、条件が違っていても結果が同じであると示すためです。また、ひとつの実験に盛り込む変数を増やさないことで、より明確な結果を出すためです。この研究の場合、5つの実験で、異なる参加者をそれぞれの読書グループに分けて違う本を読ませ、それぞれに違うテストを行いました。

 結果、参加者の教育レベル、年齢、性別などの影響を除いても、読む本を変えても、共感性を測るテストを変えても、文学作品を読んだ後のグループのほうが娯楽小説を読んだ群、ノンフィクションを読んだ群、何も読まなかった群よりも、感情を読み取るテストや共感性のテストで高い得点となったのです。この研究者たちの仮説は支持されました。ただ、文学作品を読むことが共感性に及ぼす長期的な影響については、この実験では明らかになっていません。


●他の表現形態でも同様かも…?

 私は自分自身が文字中心の人間なので言葉にこだわっていますが、同じようなことは、映画や美術、あるいはマンガでも言えるのではないかと思います。お世辞にもわかりやすいとは言いがたい表現の中から「読み取る」「想像する」「その場にわが身を置いてみる」といったトレーニングをすることは、共感性を育てる一助になるのかもしれません。

 でも、これが「共感性を高めるため、子どもに小説を読ませよう!」という話につながるなら、私は違うと思います。人間、嫌いなものからはなにも学びません。ただ、読書が好きなら、娯楽小説やライト・ノベルばかり読むのではなく、しちめんどくさい文学作品も読んだほうがいいということにはなるでしょう。文学作品を読めば、語彙は明らかに増えるでしょうし。

 一方、映画が好きな人は、ややこしくて抽象的な映画からもいろいろなことを学びとっていくでしょう。マンガでも絵画でも写真でも、それは同じような気がします。ここでは言葉、語彙の話をしているだけです。興味がある方はぜひ、マンガや映画でも同じような実験をしてみてください。

 あ、ちなみに、私は小説をいっさい読みません。子どもの頃から20代後半ぐらいまでは小説ばかり読んでいたように思いますが、30代になってからはほぼ読んでおらず…。自信を持って(?)断言できますが、15年間かそれ以上、小説はまったく読んでいません。文学作品も娯楽小説も、です。フィクションは嫌い…。映画もまず見ない(大きな音がダメなので。ミソフォニアの一部?)、展覧会もほとんど行かない(人混みが嫌いな出不精)、マンガも読まない…。

 次は、いよいよ介入・支援策の話です(たぶん)。


(5へ続く)




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