子ども

保育〔1〕 長時間保育の影響


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●まず、私自身の立場を…


 私は、乳幼児全員が質の高い集団保育・教育を受けるべきだと考える立場です。子どもが社会性を身につけるためには、乳児期からの保育・教育の場が重要だから、です。また、「子育ては母親がするもの」ではなく、父親も同等に携わるものです(米国やスウェーデン、フィンランドの家族を実際に見ていますから、それが可能であることもわかっています)。

 一方、現状の長時間保育は、子どもの発達、子どもに対する保護者の愛情形成、そして、保育の質の維持(向上以前に維持)にとってプラスにならないのではないかと考える立場です。

 「でも、預けなければ仕事が続けられない」…。働きすぎ(=無駄が多く、「同僚や上司が帰らないから帰れない」ような部分もある)、キャリア・パスが途切れたら戻ることが非常に困難(=父親も母親も育児や勉強のために仕事を辞めることができない)という日本独特の仕組みを変えることなく、保護者と保育者に仕組みの歪みのツケをまわし続けることは、結果的に日本の子どもたちを壊し、日本の将来を壊すことにつながると考えます。そして、この仕組みを変えるのは、保護者の責任ではなく、企業、自治体、社会全体の責任です。

 以上が私の立場であることをご理解いただいたうえで、以降をお読みください。


●保育時間の影響を調べる研究

 日本の保育時間は「長時間」なのか。中国の高所得者向け全寮制幼稚園(家に帰るのは週末だけ)のようなケース(英国BBCのドキュメンタリー)はありますが、日本の12時間、13時間、場合によっては15時間という保育時間は「長時間」なのでしょうか。

 文献を調べてみたところ、長時間保育が子どもに及ぼす影響を全米データから検討した研究結果が、2015年8月に出ていました。見たところ、これが今のところ最も包括的な研究のようですけれども、他にも類似の研究はありましたので、おいおい紹介していきます。

紹介する論文
Hazen, N.L., Allen, S.D., et al., (2015). Very extensive nonmaternal care predicts mother-infant attachment disorganization: Convergent evidence from two samples. Development and Psychopathology, 27, 649-61.

 PDFはこちらからダウンロードできます。


●研究の要旨と結論

 まずは簡単に。詳しい内容は、後をお読みください。

★この研究の目的

 この長さを超えると乳児-母親のアタッチメントが「無秩序型(disorganized attachment)」になるリスクが上昇する、という「長時間」の分かれ目があるか。この研究で「非常に長い保育時間」(※)と定義されているのは、週60時間またはそれ以上

 この論文では6本の論文を参照して、「無秩序型アタッチメントだった子どもは、他のアタッチメント・タイプの子どもに比べて、各種の精神病理的な問題をその後に持ちやすい」と述べている。そのため、この研究では無秩序型アタッチメントが研究対象として選ばれた。

★この研究の対象、データ

 対象は、家庭以外の場所で保育されている子どもとその母親。アタッチメント形成に重要な7~8か月時点の保育時間のデータ。アタッチメントのタイプは、12~15か月の時に調べたデータを使用。

 テキサス州オースティン市で収集された長期追跡データ(125組)でまず分析し、その結果が再現されるかどうかを、米国国立「子どもの健康と人間の発達」研究所(NICHD)の全米データ(1135組)で検討(この方法については、こちらのページの「因果関係を明らかにする方法」の項も参照)。

 アタッチメント形成には、保護者の状態や子どもに対する行動、保護者自身のアタッチメント・タイプ、家族の収入、子どもの気質なども関わるため、そういった要素を統計学的手法によって取り除き、保育時間の影響を計算した。つまり、他の要因の影響を取り除いた後に、まだ「母親以外の人に保育されている時間の長さ」がアタッチメントに影響するか

★この研究の結論

 2つのデータどちらからも得られた結果は、週40時間、週50時間と比べ、週60時間の保育時間(7~8か月の時点)では、統計学的に有意に12~15か月の時点の「無秩序型アタッチメント・タイプ」の増加がみられた。また、保育時間が週60時間を超えると、無秩序型アタッチメントのリスクが幾何学級数的に上がる(=時間が長くなるほどリスクの上がり方自体が大きくなる=右肩上がりの曲線的変化)ことが明らかになった。

※ この研究では、母親と乳児のアタッチメントを検討しているため、いわゆる保育施設におけるケアだけでなく、父親、親戚、ベビーシッター、保育園など、母親以外によるすべてのケアを指しています。


●詳しい内容:2つのデータ

 主たる保護者(母親、父親)と長い間、離れて過ごすことが、乳児のアタッチメント形成、そしてその後の発達に影響を与えることは、離婚した保護者と子どもを対象にした研究から明らかになっているようです(米国の場合は離婚後、一方の親に引き取られた子どもが、もう一方の親の家庭で週末などを過ごすことが多いため)。けれども、保育施設等で過ごす場合はどうなのか。それが、この研究の目的となっています。

★オースティンのデータ

 最初の分析対象となったオースティン市の長期追跡データは、125組の保護者を第1子の出産1~3か月前から子どもが7歳になるまで追跡したものです。

 統計学的分析に加えられた要素は、以下の通りです。

・世帯収入は年間30000~45000ドル。
・保育時間(いわゆる保育施設だけではなく、「母親以外のケア」という意味)
・世帯収入
・乳児の気質
・母親のアタッチメント・タイプ。および、解決されていない問題(=ストレス要因)を母親が抱えているかどうか
・乳児を脅かすような行動が母親にあるかないか。たとえば、乳児の空間に突然侵入する(後ろから近づく、子どもの顔や喉の前で手を動かす等)、歯をむき出す(怒りの表情)、普通ではない声を出す、「トランス」のような状態に30秒以上なる、子どもの顔をぬいぐるみ等で覆う。子どもをモノのように扱ったり、恐怖を感じたかのように子どもから離れたりすることも)。「母親の脅かし行動」は、子どもの無秩序型アタッチメントと相関(比例)していることが、他の研究から明らかになっているそうです。
 解決されていない問題を母親が抱えているかどうかと「脅かし行動」は、オースティンのデータにのみ含まれる要素であるため、次のデータを用いた結果と比較することで、この2つがアタッチメント・タイプに及ぼす影響を検討するために用いられました。

★全米データ(NICHDデータ)

 オースティンのデータをもとにした結果がどうであれ、他のデータでも再現できなければ、「オースティンが独特だった」で終わってしまいます。なので、全米データを用いて結果を再現しています。

 データは1991年、全米10都市で集められたもの。生後1か月から15歳まで追跡していますが、この分析では生後1~15か月のデータのみを使っています。

 統計学的分析に加えられた要素は、以下の通りです。

・世帯収入は年15000ドル以下が25%、~30000ドルが28%、~45000ドルが21%、残りの26%が45000ドル以上と、オースティンよりも幅が広くなっています(オースティン市の研究は、研究目的を明確化するために収入層を絞ったと考えられます)。
・保育時間(いわゆる保育施設だけではなく、「母親以外のケア」という意味)
・乳児の気質
・子どもに対する母親の反応性。これは、通常の状態の子どもに対する反応と関わり(泣いている時等以外)、子どもに対する肯定的な反応、子どもの行動とは無関係に自分の関心を押しつけていない、という3つの尺度。こちらのデータには、「母親の脅かし行動」がないため、その代わりとして入れたようです。「脅かし行動」と「反応性」は違うものですので、結果をオースティン市のものと比べることにより、両者の影響の違いを知ることができます。
・子どもが主に過ごす「保育場所」の質。これは、通常の状態の子どもに対する反応と関わり(泣いている時等以外)、認知発達のための刺激、子どもに対する肯定的な反応、感情的な無関心がないか、感情表現が平坦でないか、の尺度。これもオースティンのデータには含まれていません。


●詳しい内容:分析結果

★対象の概要

・子どもに見られた無秩序型アタッチメントの割合:オースティン34%、全米15.4%。

・「脅かし行動」が観察された母親:オースティン17.0%

・解決されていない問題を抱えていた母親:オースティン25.5%

・オースティンのデータの保育時間:平均値は週33.7時間(標準偏差22.2)
 週40時間以上:51.9%
 週50時間以上:28.3%
 週60時間以上:12.26%

・全米データの保育時間:平均値は週23.77時間(標準偏差21.5)
 週40時間以上:34.5%
 週50時間以上:10.3%
 週60時間以上:3.4%

(ロジスティック回帰分析のために対象を2つに分けた時の割合。すなわち、「40時間以上」の中には「50時間以上」「60時間以上」も含まれ、「50時間以上」の中には「60時間以上」も含まれる。「40時間以上50時間未満」という意味ではない。)

★保育時間と無秩序型アタッチメント・タイプの関係

 オースティン、全米どちらのデータでも、1)保育時間の数字そのものを使った比較、2)週40時間以上とそれ以下のグループを比較、3)週50時間以上とそれ以下を比較、4)週60時間以上とそれ以下を比較、という4つの統計分析を行っています。

 その結果、どちらのデータでも週60時間とそれ以下のグループを比較した時に、12~15か月時点(オースティン)、15か月時点(全米)での無秩序型アタッチメントの出現が統計学的に有意に(=偶然以上の確率で)増えていました。週50時間とそれ以下のグループを比較しても、無秩序型アタッチメントの出現に有意差はなく、週40時間とそれ以下でも有意差はありません。

 全米データでは、「保育時間が週60時間」以外の要素で、無秩序型アタッチメントのリスクを上昇させる要素はありませんでした。つまり、今回の分析に含まれた要素の中では唯一、「週60時間以上、母親以外と過ごす」という要因だけが、数か月後の子どもの無秩序型アタッチメントの増加に寄与したということです。

 一方、オースティンのデータでは、母親の「脅かし行動」が、「保育60時間以上」とは別に、無秩序型アタッチメントの出現リスクとして有意差を示しました。「脅かし行動」は、参加者を40時間以上以下で分けても、50時間以上以下で分けても、60時間以上以下で分けても有意な結果であり、保育時間とは別に、無秩序型アタッチメントの出現リスクを上げる要因であることが示されました。


●研究グループが「議論」に書いている内容

 6~8か月時に週60時間以上、保育下にある(=母親以外の人と過ごす)ことが、12~15か月時点の無秩序型アタッチメント・タイプ出現のリスクを上げることが示唆された。それも、リスクの上がり方は直線的ではなく幾何級数曲線的であるため、60時間(あたり)を超える所で急にリスクが上がることが示唆される。

 オースティンのデータ分析で示された通り、母親の「脅かし行動」も有意なリスク要因ではあるものの、「脅かし行動」と「保育時間」は相関(比例)していない。つまり、この2つの要因は、無秩序型アタッチメントの出現に別個に影響していると考えられる。

 母親が適切なケアを子どもに対してしていたとしても、乳児が覚醒している時間帯のほとんどを母親から離れて生活することで、秩序だったアタッチメントの形成が阻害されている可能性もある。これは、離婚または別居している保護者の間で週末だけ父親の家で過ごす乳児を対象にした同様の研究も示唆している点である。

 また、長時間にわたって子どもを預けざるをえない母親のさまざまなストレスが、帰宅後、子どもと過ごす際の母親の行動に影響を与えているかもしれない。

 長時間を保育下で過ごす乳児は、母親を「自分の主たるケア者」と見ていない可能性も考えられないわけではない(つまり、そもそも母親がアタッチメント形成の対象となっていない)。けれども、無秩序型であれアタッチメントが形成されているということは、乳児が母親をアタッチメント対象とみなしているということである。また、週60時間以上、子どもを預けている母親たちも、平均週44.8時間は子どもと一緒に過ごしており、主たる保育者と過ごす時間(平均週47.1時間)とほぼ同等だった(オースティン市のデータ)。

 もしも仮に、子どもが母親を主たるケア者とみなしておらず、「二次的なケア者」とみなしていたとしても(=母親以外に保育するものが主たるケア者とみなされている)、二次的なケア者とのアタッチメントが無秩序型である点はその後の発達に大きな影響を及ぼす。これは、母親が主たるケア者である時の、乳児と父親(二次的なケア者)のアタッチメントの検討から明らかになっている点である。

 この結果から、将来的に必要な研究は次のようなものである。

・長時間、母親以外によって保育されることが、どのようにして無秩序型アタッチメントにつながるのかを理解することが非常に重要。特に、経済状態が悪く、母親も父親も生活のために長時間働かなければいけない今の状況では。

・長時間預けられている子どもが母親以外によって保育されている時の、保育の質。

・母親が子どもとどのくらいの時間を過ごしているのか、その過ごし方は? こうした要因が成長に及ぼす影響は? 特に、長時間預けている母親は疲労やストレスが強いであろうから、子どもといる時間、子どもに感情的に寄り添うことが難しいかもしれない。

・長時間、子どもを保育に預けている家庭の、子ども、保護者、家族内の長期的な関係(子どもと過ごす時間の長さ、質の変化も)。

・母親とのアタッチメントが乳児期に無秩序型であっても、二次的ケア者との関係が一貫していて安定している場合には、長期的な影響が変わると考えられる。

・父親のみ世帯等でも、同様の研究が必要。


●掛札によるコメント

 「子ども」の項のあちこちに書いている点ですが、この研究の結果が「結論」ではありません。科学的な研究というのは、小さなブロックを積み上げていく作業であって、1つや2つの研究で結論が出るようなものではそもそもないのです。ですから、この結果が正しい、正しくないという議論をすることには、まったく意味がないという点をご理解ください。もちろん、データ収集法や統計分析に関する課題を議論することには意味があります。次の研究をより良くするためです。

 日本では週60時間以上、保育施設にいる子どもがたくさんいます(上で紹介した研究のように「母親以外のケア」をすべて足し上げたら、もっと長くなるでしょう)。保育現場や学校で働く人たちは、「発達に課題を持つ子ども増えている」と経験則的に言います。でも、本当に? このような科学的研究を積み重ねていけば、明らかになるでしょう。

 ただ、日本ではこのような研究をすることが容易ではありません。米国のように、大規模なデータを長期的にわたって集めるシステムがないからです。また、米国では各種の大規模長期追跡データが研究用に公開されているため、(登録すれば)大学生でも分析をすることができます。これも日本の現状では絶望的です。

 かといって、「日本には、『長時間保育はダメだ』というデータはないのだから、長時間保育でよい」「日本と米国は違う」と言って終わり、でよいとは私は思いません。なので、この論文を抄訳しました。

 最後になりますが、「60時間以上だと、無秩序型アタッチメントのリスクが上がる」だけであって、「無秩序型アタッチメントに必ずなる」わけではありませんので、誤解しないでください。40時間以下でも、誰にも預けていなくても、無秩序型アタッチメントが出現する可能性は十分にあります。60時間以上でも、出現するとは限りません。この論文でも書かれているように、母親の脅かし行動や母親が抱えているストレス、貧困など複数の要因が(相互作用しながら)子-母の間の無秩序型アタッチメントの形成を促すことはすでにわかっているからです。こうした他の要因を取り除いて考えると、「母親以外の人/施設に預ける時間」の長さは無秩序型アタッチメントの出現に影響する、ということです。逆に言えば、マイナス要因を減らし、プラス要因を増やす(母親の反応性の高さ、預かっている人や施設の質の高さ等)ことで、預かっている時間が長くてもリスクは上がらないということになります。反応性については、こちらもご覧ください。

 関連論文も少しずつ訳していきます。




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