健康・安全

健康、安全関連

●下の「短い記事」に加筆(2016年4月30日)

「人間の注意力、無注意」のページを作りました。まずは「見ることに集中していると、音が聞こえない」(2015年12月10日)

●ミソフォニア(音嫌悪症)については、ネット上の情報が増え、この症状群に対する認知を広げるという役目を果たしたようですので、ページを削除しました(2015年12月20日)。




健康、安全関連:短い記事

●昨日聞いていた米国のラジオで、「自閉症は職場の財産と、雇用者も労働者も気づく」というニュースを伝えていました。自閉症に特異(得意)な特徴(特長)が仕事に活きるという話です。これ、実は2012年には、New York Time Magazineに載っていた話題(「自閉症の長所」The Autism Advantage)。2012年の話は、デンマークの男性が自分の子ども(自閉症を持っている)の特長は仕事で活かせると気づき、人材を派遣する活動を始めたというもの。この活動は世界に広がりつつありました。
 昨日の米国のニュースによると、「自閉症スペクトラムに入る人が毎年50000人、成人に達している。若年層の大部分は『高機能』だが、最近の調査では40%が仕事をみつけられていない」。ベビーブーム層が引退の時期に入り、労働力が必要だという背景もあり、マイクロソフト、P&Gなど多くの企業が、自閉症スペクトラムの人たちを雇用し始めているということです。環境の変化を嫌い、人との対面コミュニケーションが得意ではなく、同じ行動を繰り返すことに安心を感じ、集中力があり、小さな間違いをみつけることが得意…。こうした特徴を求める職域にとって、自閉症スペクトラムに入る人たちほど貴重な人材はないのです。
 バンク・オブ・アメリカ(銀行)で書類の印刷や確認、分類等を行う部署のマネージャーは、「(自閉症の人たちの)離職率は非常に低く、質も利益率もやる気もよい」と話しています。「私たちは慈善活動をしているわけではない(企業活動として雇用しているのだ)」とも。そして当然、専門の人材派遣業も生まれてきています。
 「日本でもできるのになあ」と思いつつ、でもそのためには、自閉症スペクトラムの早期発見、早期の介入支援開始、そして、欧米では普及しているソーシャル・スキル・トレーニングといった要素がまだまだだと思うのでありました。
聞いていたラジオ・ニュース:Autism Can Be An Asset In The Workplace, Employers And Workers Find


自閉症から見た世界(ビデオ『これを終わりにできる?(=これを止めてくれない?)』、言葉による解説はナシ)。英国自閉症協会が2016年、啓発のために作ったビデオ。自閉症の人にとって世界がどう感じられるのか。
 そして、こちらは自閉症の人のためのロボットのビデオ。68人に1人が自閉症スペクトラムに入る米国では、自閉症の人が他人とのコミュニケーションに慣れ、スキルを身につけていくためのロボット開発が進んでいる。ここに出てくる「Milo(マイロ)」のように、ロボットのコミュニケーションや表現は「明確で」「穏やかで」「一貫している」ため、自閉症の人は落ち着いてメッセージを受け取り、表情を読み取ることができる(人間のコミュニケーションは「あいまいで」「感情的で」「一貫しない(複数の意味がある)」。さらに、Miloが話す速度は通常の人間の82%と遅く、受け取りやすいそう。自閉症の人たちはモノに対す興味(強迫的な関心)が強く、ロボットはその点でも利があるとのこと。
 5分5秒以降、ダラス(テキサス州)の自閉症センターで40年にわたり自閉症の治療・支援にあたっているCarolyn R. Garver博士が話している言葉、「自閉症の原因がなんなのか、私は知りたい。でも、そんなことは気にしていられない。私は自閉症の人たちをすでにたくさん知っている。私は彼/女たちを助けたい。私が毎日会う人たちを」。ロボットが役に立つなら使えばいい、ということなのです。(2016年4月30日)


●自走自動車は、倫理学・心理学の課題を解かなければ道を走れない(2015年11月15日)

 自走(無人運転)自動車は、不注意ですぐうわの空になる人間よりも安全に走行できるという実験結果が次々と出ています。でも…。緊急の時に自走自動車はどう動くべきか。倫理と、乗車している人たちおよび社会全体の意見(感情)を一致させないと、実際には道を走れない、という記事(と元になった論文)がありました。

 たとえば、こういう状況。あなたが乗っている自走自動車が道を曲がると、目の前の車道を10人の集団が歩いていた。両側は壁。車がとれる選択肢は、1)ハンドルをきって壁に激突、車上のあなたが死に、10人は無事、2)車はブレーキをかけてあなたの命を守ろうとするが、おそらく10人の集団に突っ込む。

 ちなみに、こうした複数の例についてどう考えるかを数百人に調査したフランスの研究者らの論文によると、上の例に対する回答は…。「回答者の75%は、『車上の1人を犠牲にすべくハンドルをきるべき』(倫理面での判断)と答えたが、『実際の自走自動車にもそのようにプログラムされるだろう』と答えたのは、65%だった」そう。つまり、自分がその状況にならないという前提と、実際にその車に自分が乗っているという前提では、回答が変わったようです。心理学的には当然。他人ごとなら、人間はとても倫理的なのです。運転シミュレーター上で実験したら、結果はもっと変わるでしょう。
〔記事〕Should A Self-Driving Car Kill Its Passengers In A “Greater Good” Scenario?
〔論文〕Autonomous Vehicles Need Experimental Ethics: Are We Ready for Utilitarian Cars?


●ハリウッドの技術が手術スキルの向上に貢献(2015年11月15日)

 このニュースのビデオで手術を受けているのは、人間ではなく、きわめて精巧に作られたニセの心臓が埋め込まれた人形。ハリウッドの技術者が本物そっくりに作った内臓を用いて、Massachusetts General Hospitalのレジデント医が練習をしているところだそうです。後半には、この心臓が作られていく映像も。
〔記事〕Artificial Patients, Real Learning (New York Times、11月10日)
(ビデオを前に広告が出る場合があります。)


長時間労働で、脳卒中、心臓発作リスクが上昇(2015年8月23日)

 私、いよいよ本気で、長時間労働をやめます。皆さま、ご了承くださいませ。理由は以下の通りです。

 EU、米国、オーストラリアでこれまでに集められた60万人以上の研究結果とデータから、週55時間以上働く人は、通常の労働時間(週35時間や週40時間)の人に比べて、脳卒中のリスクが33%高く、心血管疾患のリスクも13%高いことが明らかになりました(『ランセット』誌)。41~54時間の労働時間層でも、リスクはそれぞれ上昇しています。もちろん、年齢、性別、社会経済的要因、健康行動(喫煙、飲酒、エクササイズ等)の影響を除いた後の結果です。

 長時間労働と心臓発作の関係はこれまでも言われてきましたが、脳卒中との関係が明らかになったのは初めてだそうです。ただ、この結果はあくまでも相関関係ですから、「長時間労働が、どのような因果関係(原因、過程)で脳卒中や心血管疾患のリスクを上げているか」は明らかになっていません。長時間働いていると、エクササイズの時間がない、食事の質が下がる、睡眠時間が減る、リラックスできないといったさまざまな影響が出ますが、こうしたさまざまな要因が、どんな人たちに、どのようにして働くのかは、こうした相関研究からはわかりません。

 この研究のおもしろい点は、学術誌に掲載されている論文の結果だけでなく、論文になっていない公的なデータも分析に入れ、これまで論文を書いている研究者にも(まだ分析・発表していない)データの提供を依頼して、これも分析に入れたところ。これは、論文になっていない(理由:その研究を実施した人の目をひく結果がみつからなかった、など。下に詳細)データであっても、別の視点から見たり、あるいは今回のように他の複数のデータと合わせたりすれば、なにかの発見につながるためです。

 科学の世界で「書類棚効果(file drawer effect)」と呼ばれる現象がこの研究の背景にはあります。仮説を立ててデータを集めて分析したものの、研究者の仮説に沿った結果が出ない場合や、仮説に沿った結果が実は出ているのにデータ分析の方法が間違っていて(表面上)結果が出なかった場合、あるいは論文にはしたものの査読を通らず(査読者の興味をひかない、または査読を通すスキルが低いなど)発表されなかった場合、そのデータはお蔵入り(「書類棚(file drawer)」の中にしまわれる)となります。

 つまり、私たちがメディアで見る研究結果自体、現実の反映ではなく、すでに偏っている可能性が十分にある、ということです。そういった偏りをなくすためのひとつの方法が、この研究で行われたように「分析や発表をされていないデータを含み入れること」です。


●言語と音楽 (2015年8月23日)

 トルコ北東部の山間地区では、口笛のような言語が今でも使われているそうです(推定10000~50000人の話者が現存)。このビデオに登場する2人は、約700メートル離れた距離で「カフェで会う約束」をしつつ、その他の雑談中です。

 ドイツの研究者、Onur Gunturkun(名前のウムラウト表示は省略)博士たちが調べたところ、この言語を使っている時、話者は右脳と左脳の両方を同等に使っているらしいことがわかりました(日本語も含め、通常の言語は左脳を使って処理されます)。口笛は(歌う時同様)、周波数、音程、旋律などをコントロールしなければならないので、右脳の役目が大きくなるわけです。

 人類の言語の始まりは、鳥や動物のなき声のように口笛により近かったのでしょうから、この研究者たちは、「右脳と左脳を同等に使うこのような言語があるということは、言語自体が(今のような発声に)変わる中で、脳が言語を処理する方法も変わったのだろう」と話しています。

 音楽と言語というと、こんな例もあります。2011年、暗殺未遂に遭った米国下院議員(アリゾナ州)Gabrielle Dee Giffordsさん。左脳に銃弾を受け、言葉を話せなくなったものの、音楽療法で言葉を取り戻したのです。このビデオの中でゆっくり話をしているのが、言葉を取り戻した後のGiffordsさんです。

 ビデオの40秒のところで、Giffordsさんが歌を歌っています。言葉としては話せないものを、歌として初めて歌えた瞬間だそうです。これは、歌をコントロールしている部分は脳の左右にあるから。歌を歌うことを通じて、Giffordsさんは言葉を話す(本人としては歌を歌っているかのように、なのかもしれませんが)方法を取り戻しました。


●脊髄損傷による四肢麻痺の人のためのウォーキング・ロボット、など(2015年8月17日)

 7月15日のIEEE SPECTRUMの記事。記事の真ん中のビデオで、ニューヨークの町なかを歩いているのは、カナダ人のRobert Woo氏。2007年、工事中に落ちてきた鉄の塊が脊髄を直撃、四肢麻痺となったWoo氏は、事故直後からウォーキング・ロボットの試作テストに参加し始めていたそう。このロボット ReWalk 6.0の写真はページの下のほうにあります。基本的なメカニズムは、操作者の体重移動などを感知して、歩くのに必要な動きをすること。…と書いてしまうと簡単ですが…。今の時点のロボットの価格は、77000米ドル。

 横の記事を見ていたら、「動物ロボットの安価版」をMIT(マサチューセッツ工科大学)の大学院生たちが授業で開発した、と。記事を見てみると、うわ、かわいくない…。日本発のアザラシ・ロボット「パロ」に実際、セラピー効果があることも実験で証明されていることから、(パロは高いので)こういうものを開発したらしいのですが…。やっぱり、「かわいい」は日本のほうが数段上。(パロ実用化のプレス・リリース(日本語)はこちら。パロは、5年勤めていた産総研・お台場の玄関に展示されていたのですが、ちゃんと反応するので、かなりかわいかった…。ただし、抱っこしようとすると、さすがロボット、けっこう重いのです。)


●雷に打たれ、宝くじに当たり…(2015年7月25日)

 7月23日のNPR Newsの「小ネタ」(ほんの20秒ほどの小さい、けど、おもしろいニュース)。「落雷に打たれる」と「宝くじに当たる」という、それぞれにとんでもなく低い確率のできごと両方に遭遇したカナダ人、Peter McCathie氏。子どもの時に雷に打たれ(だけど生存!)、そして今年、100万ドルの宝くじに当選。ちなみに、同一人物がこの両方に当たる確率(オッズ)は、2.6兆人に1人だそう。

 ちなみに米国の場合の代表的な死亡のオッズは、この図で見ることができます(虫眼鏡ツールで拡大できます。米国National Safety Council)。たとえば、7人に1人が心臓疾患またはがんで死亡、28人に1人が下部呼吸器の慢性疾患、100人に1人が自殺・自傷(自殺の意図はなくとも、自傷が結果として死亡につながってしまう場合もあるので)、ひとつ飛ばして112人に1人が交通事故、144人に1人が転落、358人に1人が銃による死亡などなど…、そして、一番右端にあるのが落雷で、164,968人に1人です(もちろん、もっとオッズの低い死亡原因もあると思いますが)。同様のデータ、日本人の場合でみつけたら、教えてくださいませ!

 「落雷で死ぬのは、やっぱりめったにないことなんだ…」と、大学院で資料探しの途中にこの図をみつけた時には思いました。自身、すでに交通事故(2004年、コロラド)に遭った後でしたから、「私も、112人に1人、の中に入りそうだったんだ…」と思いつつ。そうしたら、大学院の同級生が卒論発表から数日後、大学のキャンパス内で雷に打たれて死亡(私はすでに帰国していました)。「めったにないことも十分に起こりうる」と、再びつくづく思ったのです。

 そして、私は2012年にまたまた交通事故に遭遇(東京)。コロラドの事故(私は自転車)も東京の事故(私は歩行者)も、私の側は青信号でまったく落ち度なし。それでも車はぶつかってくる、救急車に乗るようなケガはする…。「車に2度もぶつかられるなんて…」とお思いになる方もいらっしゃるようですが、まあ、オッズで考えれば、宝くじに当たるようなものでしょう。実際、私は2度ぶつかられて、おかげさまでまだ生きているのですから、宝くじに当たるよりずっとありがたい状態なのです。「人は、いつ、どこで、突然、命を失うか、わからない」という重要な学びのおまけつきで。